ZIPANG-10 TOKIO 2020「韓国の伝統文化、東京で出会う」韓日国交正常化60周年記念 「伝統の手仕事、現代との出会い」4/2までイベント好評開催中


今年、韓日国交正常化60周年を迎えるにあたり、韓国の伝統文化と日本文化の交流を祝う特別イベント「伝統の手仕事、現代との出会い」が東京・駐日韓国文化院にて盛況開催中です。会期は4月2日(水)まで。



本イベントは、文化体育観光部主催、韓国工芸・デザイン文化振興院、駐日韓国文化院が主管し、韓紙(ハンジ)、韓服(ハンボク)、韓食(ハンシク)をはじめとする韓国の伝統文化を多角的に紹介。両国の伝統と現代が融合する文化交流の場として、幅広い世代から関心を集めています。


韓紙と和紙の出会い~韓日伝統紙交流展~


3月19日には、開幕式が開催され、韓国伝統楽器「伽倻琴(カヤグム)」による独奏、韓国宮中舞踊「春鶯舞(チュネンム)」、そして韓服ファッションショーなどが披露されました。日本と韓国の文化関係者をはじめ多くの来場者が訪れ、華やかな祝祭ムードに包まれました。


韓食文化コンセプトレストランコースメニュー


また、同日夜には、韓食文化をテーマにした特別レセプション「韓食文化コンセプトレストラン」が銀座の韓国料理店「尹家」で開催。韓国第66号食品名人・尹美月(ユン・ミヲル)シェフと、東京「織音寿し」の吉原 正泰シェフが共演し、両国の伝統食文化の共演に大きな注目が集まりました。


【開催概要】

■会期:2025年3月18日(火)~4月2日(水)10:00~17:00

■会場:駐日韓国文化院(〒160-0004 東京都新宿区四谷4-4-10)

■入場:無料・事前申込不要


【主な展示・プログラム】

・「紙、文化を繋ぐ」:韓紙×和紙交流展(~4月2日)

韓日伝統紙の比較と現代的な活用を紹介。紙芸術の可能性に触れられるギャラリー展示が人気を集めています。


・「韓食、温もりを繋ぐ」:韓食文化展示(~4月2日)

醤(ジャン)文化や両国の節句料理・伝統菓子の展示を通じ、韓食の魅力と韓日食文化の共通点を再発見できます。


・「韓服、時間を繋ぐ」:韓服展示&フォトゾーン

 韓服試着体験(~3月19日)は終了しましたが、展示と写真撮影スペースは継続中です。


・「遊び、世代を繋ぐ」:伝統遊び体験(~3月19日で終了)

VR凧揚げやチェギチャギ、コンギノリなどを通じて、世代を超えた韓国文化体験が提供されました。


文化体育観光部 文化芸術政策室の李正宇(イ・ジョンウ)室長は、「韓国と日本は長い歴史の中で、生活文化において独自性と類似性が共存しています。本イベントを通じて、両国の伝統文化に対する理解と共感がさらに深まることを願っています」と述べました。



鎹八咫烏 記
石川県 いしかわ観光特使
伊勢「斎宮」明和町観光大使


協力(敬称略)

紅山子(こうざんし)


※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。



アーカイブ リンク記事をご覧ください。


~斎王~
日中韓にみる古代トップレディの装束にみる色彩表現


第36回斎王まつりが6月に開幕との記事を拝見しました!前回の記事は当サイト運営責任者であり、同時に明和町観光大使の肩書をもつ編集長由縁濃きお伊勢様をお護りする明和町最大の恒例行事だったのですね?


そこで、あの美しい斎王装束に魅入っている内、この私めも何やら異次元に入り込み、一言寿ぎたくなりました。


斎王とお供の女官達の十二単衣が雅びて華かな美しさ圧巻の絵巻です。それを取り巻く神官達のお役目も荘厳さを引き立て愈々ドラマチックな舞台へと盛り上げていました。 いいですね〜


思い返すと、あのブームになった韓国ドラマが楽しかったのはやはり、半分は宮廷に仕える女官たちの衣裳の美しさにあったようなことが彷彿としてきた次第です。


それにしても、斎宮の広大なこと!これにもびっくりです。


お祭りといえば、何処も男性中心の、荒々しく騒々しく賑やかさが売りものですが、此処斎宮のお祭りは何一つ物音が聞こえない、露店市も立たない様な、立てようにも広すぎて格好付かないし…何処に立てて良いのか分からないし…寅さんみたいなテキやは凡そ不似合いな……変わったお祭りですね〜  


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「斎王〜日中韓にみる古代トップレディの装束にみる色彩表現〜寄稿文 色紐子 」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/4292845



対馬の縄文人は
中国に古代文明が生まれる前から、
九州と朝鮮半島を小船で往来


【日本神話】

スサノオの子である大歳神、ウカノミタマはともに穀物神とされ、前者はお正月に来訪する神として、後者はお稲荷さんとして全国に祭られています。また、同じく食物(穀物)神であるオオゲツヒメ、ウケモチは、スサノオやツクヨミに一度殺され、その死体から穀物が生成した、とされています。これは、発芽→開花→結実→枯死(→発芽)という植物の生成サイクルをそのまま表わしているようです。


【対馬の伝承・異伝】

農耕地が極端に少ない対馬(面積の89%が山地)では、全国的にポピュラーなお稲荷さん(穀物神)が祭られることは少なく(お稲荷さんの神獣である狐が生息しないことも影響しているのかもしれませんが)、ほとんどの集落で漁業・海上交通の神である恵比須・金比羅が祭られています。


例外的に、上県町伊奈に白い鶴が飛来して稲穂を落とし、それを志多留の榎田に植えたのが対馬での米作りの始まりである、という稲作伝来の物語が残されています。


両集落は大陸に近い北西部の海岸沿いに位置し、貝塚や古墳があるなど古くから人が住んでいたことがわかっており、対馬における稲作伝来の最初の地だったのかもしれません。ちなみに、「伊奈」は「稲」が転訛した地名と言われています。


伊奈久比神社 (いなくいじんじゃ)

神社番号 104 式内社

周辺の神社 志多留能理刀神社(105)


アクセス

上県町西部、越高~伊奈間の道路沿いに鳥居があり、階段を登ると社殿があります。


周辺の雰囲気・環境など・神社のプロフィール

対馬北西部の伊奈は、中世から江戸時代にかけて、周辺の16村で構成される伊奈郷の中心地でした。近隣の越高・志多留には縄文時代にさかのぼる遺跡や貝塚があり、朝鮮半島にも近く、対馬最初の稲作伝来地としてもおかしくはありません。白鳥の古名は「鵠(くぐい)」であり、稲鵠(いねくぐい)=伊奈久比(神社)という説もあり、その場合、稲を運んだのは鶴ではなく白鳥ということになります。


追記

上県町(かみあがたまち)の西海岸部について
対馬市上県町(かみあがたまち)
志多留(したる)→伊奈(いな)→越高(こしたか)→御園(みそ)→犬ケ浦(いぬがうら)


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG-3 TOKIO 2020 縄文早期末・前期(6500~7000年前)「対馬の縄文人は中国に古代文明が生まれる前から、九州と朝鮮半島を小船で往来【寄稿文10】西 護」
https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/5860708



日本の原風景 対馬の歴史


伊勢志摩と見間違えそうなリアス式海岸です。対馬の「浅茅湾(あそうわん)」です。名古屋から来たというとタクシーの運転手さんが、「そうでしょう、真珠王の御木本幸吉さんが、真珠の養殖に適しているからと、指導に来られたのですよ」と嬉しそうに教えてくれた。


対馬は、東西を対馬海流が流れ、平地が少なく、島土の約89%が山地であり、各地に原生林が残されています。島の中央にはリアス式海岸・浅茅(あそう)湾が広がり、海岸線の総延長は915キロに及びます。地質は大部分が堆積岩で、表土は薄く、ごつごつとした岩肌が海に沈みこむ荒々しい風景があちこちで見られます。その日も急斜面をカモシカがをわが物顔に闊歩していました。


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「日本の原風景 対馬の歴史~初めて訪ねた人にさえ懐かしさを感じさせる、その人情と風景とは~(第一話)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3172259



武神・神功(じんぐう)皇后


【日本神話】 神功皇后

古事記に登場する最強の女性といえば「神功皇后」の名が挙がります。
シャーマン(巫女)の能力があり、「西にある金銀財宝が満ちる国を与える」との住吉三神(前号)の神託を受け、朝鮮半島の新羅(しらぎ)征服を、夫である14代仲哀(ちゅうあい)天皇に進言しますが、仲哀天皇は神託を疑い、神の怒りにより死を迎えます。


皇后は「皇后の胎内の男子が今後国を治める」との神託を受け、軍船を整えて海を渡ると、魚たちが船を持ちあげ、追い風が吹き、船と波が新羅の国土の半ばまで押し寄せました。新羅王は恐れ、戦うことなく服従を誓い、朝鮮を支配することになった、と伝えられています。


神功皇后は北部九州との縁が深く、鎮懐石で出産を遅らせ、帰国後に子を産んだ場所を「宇美」(福岡県春日郡宇美町)」と名づけたなど、一帯に皇后に由来する地名伝承が残され、神功皇后と子の応神天皇は、宇佐神宮(大分県)を総社とする全国の八幡神社に祭られています。


【対馬の伝承】

神功皇后が対馬に残したものは、八幡宮神社(番号1)をはじめ各地に点在する神蹟・神社、「鶏知」「琴」「砥石渕」「綱掛崎」など地名伝承、カンカンまつりや放生会などの神事があります。その数は非常に多く、常に軍事的緊張にさらされる「国境の島」で、
いかに武神・神功皇后が島民の心の支えになっていたかを感じさせます。


7世紀に築かれたとされる古代山城・金田城(かなたのき)も、神功皇后の出城だと信じられていました。


また、神功皇后が豊玉姫の神託を受けた、スサノオを祭ったなど、他の神々を祭った起源説話として語られることも多く、その影響力・存在感の強さを感じさせます。


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「武神・神功(じんぐう)皇后【寄稿文その7】 西 護」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/4031172



忍者たちから忍者の祖として崇められていた「役行者」


忍術の歴史は、紀元前4000年頃に古代インド文化が中国大陸に伝えられ、そして西暦6世紀頃に、中国から朝鮮半島を経て日本に伝わった「兵法」に求められる。大陸的な兵法は日本で山岳的な兵法へと発展し、今日知られるような忍術が完成しました。


歴史を通じて発展した忍術の流派はいろいろありましたが、その中でも伊賀流(三重県伊賀市・名張市)と甲賀流(滋賀県甲賀市)の忍術は、その起源が同じで、もっとも優れた忍術といわれている。


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「日本遺産 伊賀忍者の史跡 そのⅠ (参の巻)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3058458



高句麗(高麗) 朱蒙(東明聖王)から
2000年以上の時を超えて・・・


高句麗は紀元前37年朱蒙(東明聖王)により朝鮮半島北部に建国。朱蒙とは故郷扶余の言葉で、弓の達人の意味。その後、百済、新羅ができ三国となり更に三韓統一される。


高麗人の「高麗(こま)」は前37年頃~668年まで主に朝鮮半島北部から中国東北部にかけて繁栄した「高句麗(こうくり)」のことを指します。日本では高句麗を「高麗」と記し
「こま」と称しました。高句麗滅亡前後、多くの高句麗人が海を渡り日本へ渡来しました。
日本では高句麗からわたってきた人々を「高麗人=こまひと」と呼んでいたのです。


高麗郡建郡以来、およそ1300年にわたり先人が築いてきた歴史や文化に感謝するとともに、それを未来へつなぐ礎とし、旧高麗郡とその隣接する市町(8市3町)、及び関連地域の広域観光、文化交流、国際交流を中心に地域の振興と活性化に取り組んでいくことを目的として一般社団法人 高麗1300は設立されました。


約1万年前、氷河期が終わり温暖化すると海面が上昇し、日本列島は 大陸から分離しました。この時以来、日本列島に渡来する者がいて稲作 を伝えたりしましたが、大和朝廷による統一国家形成の段階に入ると、 渡来して大小の氏族集団を形成した人びとが先住の氏族集団と区別して 意識されるようになりました。このため、4世紀から7世紀頃に中国大 陸及び朝鮮半島から日本に移住した人たちを渡来人と呼びます。


高麗人の「高麗(こま)」は前37年頃~668年まで主に朝鮮半島北部から中国東北部にかけて繁栄した「高句麗(こうくり)」のことを指します。日本では高句麗を「高麗」と記し「こま」と称しました。高句麗滅亡前後、多くの高句麗人が海を渡り日本へ渡来しました。日本では高句麗からわたってきた人々を「高麗人=こまひと」と呼んでいたのです。


高麗郡は、霊亀2年(716年)5月16日に現在の埼玉県日高市と飯能市を中心に設置された郡です。 その後、郡域が拡大し、鶴ヶ島市全域、川越市、入間市、狭山市の一部まで含まれるようになりました。 高麗郡には高麗人(こまひと)1799人が移住しました。
初代郡司は『高麗王若光』でした。


高麗郡に移住した高麗人たちは、以前は東国7ヶ国(駿河、甲斐、相模、上総、下総、
常陸、下野)に住んでいました。現在の県名でいえば、静岡、山梨、神奈川、千葉、茨城、
栃木となります。


大和朝廷は入間郡の一部に広がっていた空閑地を高麗郡とし、高麗人1799人が移住しました。彼らは生活の基盤を整えつつ、郡役所の建設、道路の敷設など郡として必要な整備をしたと思われます。


高麗郡初代郡司の高麗王若光が没した後、高麗郡の住民が若光の御霊を祀るために建立した高麗神社、僧勝楽が若光の菩提を弔うために建立を発願した高麗山聖天院勝楽寺が日高市新堀に存在しています。その他にも、日高市と飯能市を中心に高麗郡建郡当初のものと思われる遺跡や遺物が発掘されています。


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「高句麗(高麗) 朱蒙(東明聖王)から2000年以上の時を超えて先人達が築いてきた歴史や文化を継承」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/1824786



花郎(ファラン)「世俗五戒」の精神が現代に生きる


出石の四季

秋の日

出石では、これから本格的な秋の始まりです・・・


冬の日

出石では、秋の日は短く、人々が知らぬ間に去って行く・・・


夏の日

あれあれ~出石では、冬が終わるといきなり夏になるのかい?春は?

❨四季じやなくて三季??❩

・・・これには深いワケがありまして・・・ 


但馬開発の祖神を祀る山陰有数の大社

「いっきゅうさん」の呼び名で親しまれる出石神社は、「古事記」「日本書紀」にも名を連ねる山陰有数の大社です。


但馬国一の宮に位置づけられ、ご祭神は天日槍命(あめのひぼこ)。


天日槍命は、但馬開発の祖神とされる神様です。

新羅の国の王子として生まれた天日槍命は、妻を追って日本に渡来し、 そのまま但馬国に留まり土地を拓いたと伝承されています。


出石神社には、天日槍命が日本に渡るときに携えたという八種の宝がともに祀られています。

出石神社では毎年5月5日、その年に生まれた男児の健やかな成長を願う節句行事「幟まわし」が行われます。


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG-4 TOKIO 2020 ~ 出石の四季と歴史 ~花郎(ファラン)「世俗五戒」の精神が現代に生きる・・・(その2)
https://tokyo2020-4.themedia.jp/posts/10415385



世界記憶遺産認定  上野三碑[こうずけさんぴ]高崎市


上野三碑[こうずけさんぴ]とは

日本列島東部の古代上野国[こうずけのくに](現在の群馬県[ぐんまけん])に存在する三つの石碑「上野三碑[こうずけさんぴ]」は、日本に18例しか現存しない古代(7~11世紀)の石碑のなかで最古の石碑群であり、大切に守られてきました。


それらは、山上碑[やまのうえひ](681年)、多胡碑[たごひ](711年頃)、金井沢碑[かないざわひ](726年)と呼ばれています。


三碑の記録形態は、上野国に住み着いた朝鮮半島からの渡来人がもたらしたもので、かれらとの密接な交流の中で、当時の都(飛鳥、奈良)から遠く離れた地元の人々によって文字で刻まれたものです。


山上碑は日本語の語順で漢字を並べた最古級の歴史資料です。
多胡碑は、18世紀以来、中国の「書」の手本となってきました。
金井沢碑は、この地での仏教の広がりを刻んでいます。
これらの三碑は、東アジアにおける文化交流の実像を示す極めて重要な歴史資料です。


三碑に刻まれた内容は、中国を起源とする政治制度、漢字文化、インドを起源とする仏教が、ユーラシア東端の地である日本に到達しただけでなく、さらに遠く離れた東部の上野国に多数の渡来人の移動とともに伝来し、地元の人々に受容され、広まっていったことを証明しています。


このように三碑は、歴史的、文化的、社会的、政治的に、「世界の記憶」にふさわしい希有な価値を有するものです。


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「世界記憶遺産認定  上野三碑[こうずけさんぴ]高崎市」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3190309



世界記憶遺産認定  朝鮮通信使 日韓友好の共同登録!


NPO法人朝鮮通信使縁地連絡協議会様、財団法人釜山文化財団様、各関係団体の皆様に、心からのお祝いとお礼

対馬市市長 比田勝尚喜

朝鮮通信使のユネスコ記憶遺産決定との報に接し、本当に喜ばしく感じております。
昭和53年に対馬市の故 庄野晃三郎様が最初に朝鮮通信使行列の再現を行ってから、昭和55年の朝鮮通信使行列振興会の立ち上げを経て、世に埋もれていた朝鮮通信使の歴史を発信し続け、平成7年には、この度、釜山文化財団様と共同申請においてユネスコ記憶遺産の申請を行った、朝鮮通信使縁地連絡協議会を松原一征様が立ち上げ、全国各地の朝鮮通信使ゆかりの地や韓国内への呼びかけを続けてこられました。 

対馬市にあるこの2団体の活動が、現在の朝鮮通信使の形を作ったといっても過言ではありません。誠に誇らしく、今回のユネスコ記憶遺産の登録はこの2団体の活動の集大成といえるものであると感じています。対馬市は、今後もより一層、朝鮮通信使に関する活動を支え、推進する所存であります。

最後に、今回のユネスコ記憶遺産の申請者として本当に多大なご尽力をされたNPO法人朝鮮通信使縁地連絡協議会様、財団法人釜山文化財団様、各関係団体の皆様に、心からのお祝いとお礼を申し上げます。


歴史

対馬は、日本の中で朝鮮半島に最も近いという地理的条件から、大陸からの石器文化、青銅器文化、稲作、仏教、漢字などを伝える日本の窓口でした。また、朝鮮半島との間では古くから貿易などの交流が盛んに行われていました。この活発な交流から、対馬には数多くの書物、仏像、建造物、朝鮮式山城の金田城跡や古墳などの文化財が残っています。


朝鮮半島との友好な交流の歴史の中、1592年~97年の文禄・慶長の役で交流が中断してしまいましたが、対馬藩十万石の藩主・宗家は朝鮮との関係を元に戻すため、朝鮮通信使を江戸まで案内するなど日本と朝鮮の交流再開に努力しました。


20世紀に入り、一時期、対馬と朝鮮半島との交流が中断した時代もありましたが、対馬にとって朝鮮半島は身近な存在であることは変わりありません。それに過去の長い友好の歴史がありました。一時期中断していた交流も、今では対馬と韓国の釜山が定期航路で結ばれるなど、文化、経済、教育の活発な交流が再開されています。

  
(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「世界記憶遺産認定  朝鮮通信使 日韓友好の共同登録!」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3200749



日韓国際交流展覧会 「東アジアの新しい風になろう」


この度、日本のアジア文化造形学会(会長 日原もとこ)と韓国の(社)アジア民族造形学会(会長 朴 充 美)は両国の伝統工芸技術の国際交流を深めるため、日韓国際学術交流展示会「東アジアの新しい風になろう」展を共同により、現在、韓国文化院ギャラリーMIで開催しています。


アジア文化造形学会と(社)アジア民族造形学会は21世紀の始めに創設され、今までに国際学術大会、国際交流展示などを通じて10年以上も交流を続けています。


本展示会では韓国の無形文化財、名匠、技能伝授者と日本の国画会会員など工芸作家の方々による工芸品、陶磁器、刺繍など幅広い工芸作品を披露しています。なお、会期中には関連イベントとして「第一回東アジア国際学術研究大会(終了)」も開催、皆さんのご観覧とご参加をお待ちしております。


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「日韓国際交流展覧会 "東アジアの新しい風になろう” 開催中!」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/1164374



文化芸術・クリエイティブ産業・観光の振興を推進


「東アジア文化都市」は,日中韓文化大臣会合での合意に基づき,日本・中国・韓国の3箇国において,文化芸術による発展を目指す都市を選定し,その都市において,現代の芸術文化や伝統文化、また多彩な生活文化に関連する様々な文化芸術イベント等を実施するもの。


これにより,東アジア域内の相互理解・連帯感の形成を促進するとともに,東アジアの多様な文化の国際発信力の強化を図ることを目指す。 また,東アジア文化都市に選定された都市がその文化的特徴を生かして,文化芸術・クリエイティブ産業・観光の振興を推進することにより,事業実施を契機として継続的に発展することも目的としている。


昨年の「2017年東アジア文化都市」日・中・韓の開催都市決定時に、当ウェブサイトにおいてご案内いたしましたが、いよいよ9 月~11 月に行うコア期間事業のメインプログラムの実施が近づいてきましたので詳細お知らせいたします。


世界遺産・二条城をメイン会場に草間彌生作品展覧会が開催される。


(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「日中韓 東アジア文化都市2017【 世界遺産・二条城】をメイン会場に京都ーアジア回廊ー 9 月~11 月実施のメインプログラムが始まる!」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2840142



※現在、2600件余の記事掲載、下記のサイトからご覧ください。


ZIPANG-10 TOKIO 2020 (VOL-10)
https://tokyo2020-10.themedia.jp/


ZIPANG-9 TOKIO 2020 (VOL-9)
https://tokyo2020-9.themedia.jp/


ZIPANG-8 TOKIO 2020 (VOL-8)
https://tokyo2020-8.themedia.jp/


ZIPANG-7 TOKIO 2020 (VOL-7)
https://tokyo2020-7.themedia.jp/


ZIPANG-6 TOKIO 2020 (VOL-6)
https://tokyo2020-6.themedia.jp/


ZIPANG-5 TOKIO 2020 (VOL-5)
https://tokyo2020-5.themedia.jp/


ZIPANG-4 TOKIO 2020 (VOL-4)
https://tokyo2020-4.themedia.jp/


ZIPANG-3 TOKIO 2020 (VOL-3)
https://tokyo2020-3.themedia.jp/


ZIPANG-2 TOKIO 2020(VOL-2)
https://tokyo2020-2.themedia.jp/


ZIPANG TOKIO 2020 (VOL-1)
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/


ZIPANG-10 TOKIO 2020

日本の精神文化と国土の美しさについて再発見 その1. 全世界との情報の共有化 その2. 偏り、格差のないローカリティの尊重! その3. 美しきものへの学び、尊敬、関心を高める教育と推進

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