日本各地の姥神たち・長野県の大姥座像
登山者に人気の長野県槍ヶ岳
長野県は、本州中部にある人口約199万人の県です。古くは信濃国と呼ばれた場所であり、現在もその別称である信州の名で呼ばれています。
周囲を群馬、埼玉、山梨、静岡、愛知、岐阜、富山、新潟の8県がぐるりと囲み、海はありません。飛騨、明石、木曽山脈など標高の高い山々が県内に連なっているため、軽井沢や上高地などの高原や山が観光資源として多い県です。中でも北アルプスの穂高岳や槍ヶ岳は人気が高く、多くの登山者が訪れます。
また、東日本と西日本をつなぐ交通の要所だったため宿場町が点在し、現在も奈良井宿などの古くからの面影を残した宿場町跡地が、その風景を楽しみに来た観光客で賑わっています。
今回はその長野県の姥神像を紹介します。
・上田市富士嶽山の大姥座像
上田市富士嶽山の大姥座像
富士嶽山の薬師像
富士嶽山大姥座像の説明書き
上田市の奈良尾地区の南側に標高1,038メートルの富士嶽山があります。その山の登山口近くに大姥座像と呼ばれる石像があり、市指定文化財になっています。背中に寛正7(1466)年とあるらしく、室町中期に雨ごいの祈願成熟のお礼に作られたとされていますが、そのお礼がこの像である動機は不明とされています。
伝承によれば、この山に奥社がある富士嶽神社の祭神が、静岡県の富士山の祭神と同じコノハナサクヤヒメなのですが、その祭神がこの山を登る時、薬師と乳母を連れていったとされます。しかしながら薬師と乳母は途中で力尽き、石になったそうです。
その乳母がこの大姥座像とされ、コノハナサクヤヒメの姉であるイワナガヒメであるとも言われるようです。ちなみにこの像の近くに薬師座像もあり、日本神話の神々のなかで、医者に例えられるスクナビコナもしくはオオナムチではないかとも言われるようです。しかしながらこの像の姿は薬師如来だと考えられます。
大姥座像の像容は、片膝立てではないものの、大きく見開いた目と口にあばらの浮いた胸をあらわにしていますので、これまで紹介してきました姥神像の姿と言えます。これが登山道の途中に置かれていますので、境界―姥神型として祀られていると考えることができます。
・青木村愛宕山の大姥座像
青木村愛宕山の大姥座像
青木村愛宕山の頭のない石仏
青木村愛宕山の大姥座像の説明書き
青木村にある殿戸区愛宕山にも先の富士嶽山と同じ呼び名の大姥座像があります。その姿は片膝を立て胸がはだけていますので、まさしく姥神像の像容です。村指定文化財にもなっているこの像は、女性ということのためか、コノハナサクヤヒメではないかとされています。その理由については、隣に頭のない像があり、これがコノハナサクヤヒメの父であるオオヤマツミとされているためですが、こちらの像は笏か錫杖を持っているように見えるため、閻魔様や地蔵菩薩などだった像かもしれません。
この大姥座像は、神社跡に他の石仏とまとめて置かれているため、境界型や本尊型の判別は難しく、隣の像が閻魔像の可能性もあるため、姥神か奪衣婆像のどちらかについても判断することはできません。
次回に続く・・・
寄稿文
廣谷知行(ひろたに ともゆき)
姥神信仰研究家
※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。
発行元責任者 鎹八咫烏(ZIPANG TOKIO 2020 編集局)
アーカイブ リンク記事をご覧ください。
神域との境界に祀られた奪衣婆像(その39)
栃木県の那須塩原市
日本百名山の一つ、那須岳の麓にある栃木県那須塩原市。同市の塩原温泉郷は大同元(806)年に如葛仙という人物によって開湯されたと伝えられ、約1,200年の歴史がある温泉地で古くから多くの人で賑わっていました。
温泉街のなかには観光施設として湯っ歩の里があり、日本最大級の60メートルの足湯があるほか、敷地内が公園になっており、それぞれの季節の風景を楽しみながら散策することもできます。
また、塩原温泉郷のひとつ、畑下温泉には尾崎紅葉が「金色夜叉」を執筆した旅館、精琴楼(紅葉宿泊当時は佐野旅館)もあり、宿泊はできませんが使われた部屋は紅葉の間として保存されています。
歴史ある嶽山箒根神社
箒根神社奥の院社殿
同市宇都野にある箒根神社は非常に古い歴史を持ち、その創建は崇神天皇の時代(紀元前97~30年)だとされます。オオナムチ命、コトシロヌシ命、イザナギ命などを祀り、元慶元(877)年には、従五位下の位階を授けられています。
大正5年には高清水神社などを合祀して村社嶽山箒根神社となりました。もと高清水神社を遥拝殿とし、ここから箒根山へ8キロほど登った、八方ヶ原近辺に奥の宮があり、立派な社殿を見ることができます。この社殿についても文久2(1862)年に建立されたものらしく、同市の指定文化財になっています。社殿は3つあり、中心が本殿、向かって右が日光山神社、左が熊野神社です。
(詳細・画像は下記のURLよりご覧ください。)
ZIPANG-6 TOKIO 2020 全国の姥神像行脚(その39)神域との境界に祀られた奪衣婆像~那須塩原市箒根神社 ・・・【寄稿文】廣谷知行
https://tokyo2020-6.themedia.jp/posts/33451275
追悼のことば
~いつか、また二人で旅をしましょう~
わたなべひろこ
信州(長野)木曽路氷雪の灯祭り(奈良井宿)
日原先生とお呼びするよりも(普段呼び慣れた)「もこちゃん」とは20代の頃からの気の合った友人で、共に語らい、共に遊び、よく旅行にも出かけた仲です。
特に中仙道の宿場町(奈良井宿※、沓掛宿、妻籠宿、馬籠宿※など)を尋ね歩いた旅は楽しい想出が一杯です。
2018年、海外20カ国からの参加者を得て山形の地で開催した第11回国際絞り会議
(実行委員長をさせて戴きました)の時も、地元の名士の方々や地方文化をご紹介下さり、助けて戴きました。
特に国指定重要文化財になっている鶴岡丙申堂の家主、風間富士子様をご紹介下さり、貴重な“庄内刺し子展”を同館で開催することが出来ましたことには感謝でした。
「もこちゃん、本当に有難度う!」
その後、コロナ事情でお会いするのを遠慮して、その内にと思っておりましたがその機を失いとても残念です。
生涯現役が私共の理想形なので、その点では、人の世話になって生き長らえるのではなく仕事をしつつ、人生を終えられたことは本望かと思いますが、未だ未だお仕事を続けて欲しかったと残念です。
ご冥福を心からお祈り致します。
合掌
(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)
ZIPANG-6 TOKIO 2020【追悼】日原もとこ氏 寄稿文集19「金沢加賀百万石の駆け足覗き 能登半島にいにしえを求めて…」いつか、また二人で旅を・・・わたなべひろこ
https://tokyo2020-6.themedia.jp/posts/33210668
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