~3月24日(月)に報道関係者を対象としたオープン前施設見学会を開催~
株式会社デベロップ(本社:千葉県市川市、代表取締役:岡村 健史、以下「デベロップ」)は、2025年3月31日(月)にコンテナホテル「HOTEL R9 The Yard 白山」を石川県白山市に開業します。開業に向け、レスキューホテルの出動に係る災害協定を白山市と締結(予定)、また2025年3月24日(月)に報道関係者を対象としたオープン前施設見学会を開催します。
なお、当ホテルは、「R9 HOTELS GROUP」では全国で112店舗目、
そのうち「HOTEL R9 The Yard」シリーズとしては101店舗目の開業となります。
HOTEL R9 The Yard 白山 外観
【HOTEL R9 The Yard 白山 施設情報】
施設名 : HOTEL R9 The Yard 白山
(ホテル アールナイン ザ ヤード ハクサン)
施設場所 : 石川県白山市徳光町2398-12
オープン日 : 2025年3月31日(月)
予約受付開始日: 2025年3月24日(月)15:00
アクセス : 【お車】北陸自動車道「徳光スマートIC」より車で約3分、
「白山IC」、「美川IC」より車で約10分
【電車】IRいしかわ鉄道「松任駅」よりタクシーで約7分
駐車場 : あり(無料)
駐車台数 : 普通車/軽自動車50台
敷地面積 : 2,625m2(794坪)
客室数 : 50室
客室構成 : ダブルルーム43室/ツインルーム7室
<ダブルルーム>定員:2名 広さ:13m2
1名 6,200円/泊~ 2名 8,700円/泊~
<ツインルーム>定員:2名 広さ:13m2
1名 6,200円/泊~ 2名 9,700円/泊~
客室(ダブルルーム)
客室(ツインルーム)
客室(ユニットバス)
【オープン前施設見学会について】
日時 :2025年3月24日(月)11時45分~12時45分
場所 :HOTEL R9 The Yard 白山(白山市徳光町2398-12)
出席者 :株式会社デベロップ 広報担当
施設見学対象者:報道関係者
申込方法 :事前申込制(「施設見学会申込書」参照)
【ホテル概要および石川県白山市との災害協定締結について】
石川県で初出店となる「HOTEL R9 The Yard 白山」は、北陸自動車道「徳光スマートIC」より車で約3分、「徳光PA」のハイウェイオアシスに隣接しています。
「松本工業団地」や「旭工業団地」をはじめとする市内の各工業団地からはお車にて10分未満でお越しいただけるため、出張などビジネスの宿泊拠点に最適です。また徒歩圏内にはコンビニや飲食店が多数点在しており、連泊や長期滞在でも快適にお過ごしいただけます。
「徳光海水浴場」や「松任海浜温泉 おつかりさま」などの人気レジャースポットも近く、市内外へのアクセスも良好なため、レジャーや観光の宿泊拠点としてもご利用いただけます。
デベロップでは、防災機能を担うホテルとしての特性を生かし、災害に強いまちづくりに寄与するため、自治体との連携強化を図ることを目的とした災害協定の締結を推進しています。
白山市との締結により、災害など有事の際には「レスキューホテル」として客室を白山市へ提供することが可能となります。同市と連携しながら体制の整備に努め、市民の安心・安全に寄り添うホテルとなることを目指します。
【災害時には避難所等になるフェーズフリーのホテルで備えない防災を】
デベロップが運営する「HOTEL R9 The Yard(ホテル アールナイン ザ ヤード)」シリーズは、斬新な外観と上質な空間を持ち合わせたコンテナホテルです。
建築用コンテナモジュールを利用した独立客室は、隣室と壁を接しないため静粛性とプライバシー性に優れます。
13m2の室内には、良質なベッド、ゆったり使用できるユニットバス、冷凍冷蔵庫、電子レンジ、加湿空気清浄機等を備えており、シンプルながら高い快適性を実現。
多くのお客様の好評を得て、全国で98店舗3,611室を運営中です(2025年3月7日時点)。また、有事の際には客室をすみやかに被災地へ移設し避難施設等にご利用いただく「レスキューホテル」としての役割を担うことで、災害に強い社会をつくり、未来の命や暮らしを守ることを目指します。
【東日本大震災の経験をもとに実現/レスキューホテル誕生の経緯】
2011年の東日本大震災では、コンテナ型備蓄倉庫の寄贈や復興従事者用の仮設宿泊施設の建設などの為、震災後間もなく現地に入りました。被災地の方が多くの避難所で生活に大きな負担を強いられている状況を目の当たりにし、発災後に安心安全なプライベート空間を迅速かつ簡便に提供したいという想いで誕生したものがレスキューホテルです。
動くホテルの1例目として、宮城県石巻市で復興従事者用宿泊施設として利用されたコンテナを栃木県佐野市に移設し2017年10月「HOTEL R9 SANOFUJIOKA」としてリニューアルオープン。
その後、更なる移設性を高めるべく1台1客室型に改良、2018年12月に、動くホテルの1例目として、「HOTEL R9 The Yard(ホテル アールナイン ザ ヤード)」シリーズ1号店が栃木県真岡市にオープンしたことを皮切りに本シリーズを全国各地へ展開。
全国どこへでもすみやかにレスキューホテルが駆けつける体制づくりを目指しています。
レスキューホテル出動の様子
【レスキューホテル出動実績】
2020年4月に長崎クルーズ船内における新型コロナウイルス感染拡大防止対策としてレスキューホテル初の有事出動を行いました。その後、東京都三鷹市および東京都千代田区、都内民間病院へPCR検査体制強化のために出動。空調を完備した客室は、季節や天候等に関係なく診療活動を行うことができ、医療従事者の負担軽減のために利用されました。
2021年12月に栃木県へ新型コロナウイルス第6波およびオミクロン株の感染拡大対応のために臨時医療施設として126室を出動。さらに2月より、千葉県と東京都の臨時医療施設の付帯施設として計21室が利用されました。
レスキューホテルは、1台1客室の独立した客室構造により、宿泊施設としてだけでなく診察室やナースステーション等にも活用可能なことから、自治体や民間の病院の有事インフラとして地域医療に貢献する機会が増えています。
■レスキューホテルは「日常時」と「非常時」のどちらにおいても役に立つ商品として「フェーズフリー認証」を取得しています。
■災害時の備えを全国へ展開し、強靭なまちづくりに貢献。
~SDGsの取り組み~
レスキューホテルは、「SDGs事業認定」を取得しています。災害時の備えとして自治体との協定締結の輪を広げ、各自治体のBCP(事業継続計画)に寄与し、持続可能な開発目標の達成に貢献します。
【運営会社】
会社名 : 株式会社デベロップ
代表者 : 代表取締役 岡村 健史
所在地 : 千葉県市川市市川一丁目4番10号
設立 : 2007年2月
事業内容 : 建築・不動産事業、エネルギー事業、ホテル事業、
施設管理事業、資産運用代行事業
※「レスキューホテル The Yard(商標 第6240114号)」、「災害支援型レスキューホテル(商標 第6394774号)」、「医療従事者支援型レスキューホテル(商標 第6394775号)」その他「レスキューホテル」の語を用いた商標、並びに「動くホテル The Yard(商標 第6240108号)」その他「動くホテル」を用いた商標は、デベロップの登録商標です。
鎹八咫烏 記
石川県 いしかわ観光特使
伊勢「斎宮」明和町観光大使
協力(敬称略)
紅山子(こうざんし)
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白山開山千三百年記念事業『飛騨荘川ふるさと祭り』
白山開山千三百年にあたり、未来永劫の振 興・発展と平穏を願い、白山信仰とともに受け継がれて きた素朴で純真な伝統芸能「獅子舞」「ひねり踊り」「荘 川民謡」を披露し、開山千三百年を祝します。
荘川町の一大イベント「飛騨荘川ふるさと祭り」
今年度、「白山開山千三百年」を迎える記念事業として実施。白山信仰とともに永年受け継がれてきた「獅子舞」「ひねり踊り」「民謡」等披露。獅子舞の中でも見ものは、江戸時代に創作された「数え歌」に合わせ、30頭の獅子が連を組み優雅に舞う「30頭の連獅子」また、3年に一度行う「ひねり踊り」は、大名行列をまねたもので、江戸時代後期より村人が踊り歩いたのが始まりとされおり、権力の中心となる大名がおりません。
警護、子供たちの花笠、奴、奥女中、弓取り(武者)等の総勢100名近くの優雅な行列としとやかな舞、弓取りの激しい舞等が見ものとなる。フィナーレでは皆で、荘川民謡「えっさえさ」を楽しみ、くじ付きの「餅拾い(あっぽ拾い)」で、飛騨牛をゲット。
ZIPANG TOKIO 2020「白山開山千三百年記念事業『飛騨荘川ふるさと祭り』白山信仰とともに受け継がれてきた『獅子舞』『ひねり踊り』『民謡』特別披露」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3043427
白山神社の総本宮『白山比咩神社』の奥宮
白山信仰
富士山・立山と並ぶ日本三名山の一つ「白山」。雪を頂き、光を浴びて輝く姿に、古来より人々は白山を「白き神々の座」と信じ、崇めてきました。 また、農耕に不可欠な水を供給する山の神としてだけではなく、日本海を航行する船からも、航海の指標となる海の神として崇められていました。
北陸は、『日本書紀』の時代には「越の国」と呼ばれており、白山はそこにそびえる白き山という意味を込めて、古くは「越のしらやま」と呼ばれていました。
古来より白は神聖な色であったことから、平安時代には「越のしらやま」は都人にとって憧憬の山となり、当代一流の歌人たちの歌にも白山の名を見ることができます。
日本では、もともと「山」に対して二つの信仰が存在してきました。
一つは遠くから眺めて神秘を感じ、山の神に感謝を捧げる「遥拝(ようはい)」で、北陸道筋には、白山を眺めるための「遥拝所(ようはいじょ)」が設けられていました。
もう一つは、山中に分け入って厳しい修行を積み、宗教的境地を目指す「修験」で、白山には全国から修験者(山伏)が集まりました。どちらの信仰においても、白山ほど霊峰という冠が似合う山はなく、神々しいまでの美しさは多くの人を魅了し続けています。
白山信仰の始まり
養老元年(717)、越前(福井県)の僧「泰澄(たいちょう)」が初めて白山に登拝し、翌年山頂に奥宮を祀りました。以来、神々しい神の山は人々の憧れとなり、白山信仰は急速に全国に広まっていきました。
白山登拝が盛んになると、加賀(石川県)、越前(福井県)、美濃(岐阜県)には、その拠点となる馬場(ばんば)が設けられ、多くの人々で賑いました。
白山比咩神社は、加賀馬場の中心として栄え、比叡山延暦寺の末寺として多くの衆徒(しゅうと)を擁し、北陸道全域に勢力をおよぼしました。
(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)
ZIPANG TOKIO 2020「白山神社の総本宮『白山比咩神社』の奥宮が開山1300年を迎えました (続編その1)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2152503
白山信仰と白山比咩神社
石川、福井、岐阜の3県にわたり高くそびえる白山は、古くから霊山信仰の聖地として仰がれてきました。ふもとに暮らす人々や遥かに秀麗な山容を望む平野部の人々にとって、白山は聖域であり、生活に不可欠な“命の水”を供給してくれる神々の座でした。 やがて山への信仰は、登拝という形に変化し、山頂に至る登山道が開かれました。加賀(石川県)の登拝の拠点として御鎮座二千百年を越える当社は、霊峰白山を御神体とする全国白山神社の総本宮です。
境内のご案内
本宮と奥宮
養老元年(717)、初めて白山に登拝した僧泰澄は、翌年山頂に奥宮を建立しました。泰澄の登拝以来、白山信仰は急速に全国へと広まり、各地に白山登拝の拠点となる馬場(ばんば)が設けられました。その中で、加賀(石川県)馬場として栄えたのが、白山比咩神社を中心とした白山七社でした。
白山比咩神社の本宮は、県内一の大河「手取川」と奥獅子吼山(928m)に挟まれた平坦地にたたずみます。47000m²もの広大な境内には、天に向ってそびえる古木に抱かれるように社殿が並び、御力(みちから)に満ちた神域にふさわしい厳かな雰囲気が漂います。
(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)
ZIPANG TOKIO 2020「白山信仰と白山比咩神社『奥宮』開山1300年を迎える (続編その2)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2155188
能生白山神社は古の巡礼護法神(1)
本殿は、室町時代の特色を残す国指定重要文化財。
毎年4月24日の春季大祭には、国指定重要無形民俗文化財の舞楽(陵王)が奉納される。
宝物殿にも国指定重要文化財の木造聖観音立像や船絵馬など多くの文化財があり、裏山の社叢(通称:尾山)には、国の天然記念物に指定されている「姫春蝉」が棲息するなど歴史と自然豊かな地。
能生白山神社はかつて越後三十三観音霊場の巡礼の際に、ここに立ち寄ってから巡礼を始めよとされた神社で、「能生町史下巻・354頁」に次のように書かれている。「この白山神を巡礼護法神としたのについては、天正年中(1573~91)に国府(直江津)在中の真言宗僧番玄が、能生の白山神社の小白山権現(本地聖観音)のご神託を受けて、越後三十三補陀落(観音を祀る霊山)を定めた。」という説があり、又、享和二年(1802)刊「本道案内」には巡礼せんと云う人の始めに、小白山権現に参詣し、それより一番の名立(岩屋堂)に始め、最明寺(下田村)に納むべしとある」と書かれている。
(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)
ZIPANG TOKIO 2020「能生白山神社春季大祭 越後三十三観音霊場 古の巡礼護法神とは(その壱)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3691213/
越後 能生白山神社に
古代奴奈川姫から続く歴史と伝統を観る(2)
由緒
古代奴奈川族の首長、奴奈川姫を祀って産土神社としたのが始まりと云われており、かつては権現岳にありました。 社伝によれば第十代崇神天皇十年十一月初午の日に始まったとされ、醍醐天皇の命よって作られ927年に完成した「延喜式」に記載されている奴奈川神社にあたるともいわれている。
白山信仰を開いたと云われる泰澄大師(682-767)が奈良時代に加賀白山などを基地として両部習合を行った際、能生白山神社に仏像を安置し、白山信仰を布教し、社号を白山権現に改められたと伝えられている。
本殿は明応年間(1492-1501)に火災で焼失しましたが、永正12年(1515)能登守護畠山義元寄進により再興されました。 その建築様式は、三間社流造の前面に一間の向拝を付けたもので室町時代の特色を示しており、国の重要文化財にも指定された。
江戸時代、元禄2年(1689)7月11日奥の細道の際に松尾芭蕉が髄行僧曾良とともに能生に宿泊しましたが、この際に能生白山神社の「汐路の鐘」を詠んだ句があり、境内にその句碑が建てられた。
奥の細道 芭蕉ゆかりの地 市振
松尾芭蕉ゆかりの地「市振(いちぶり)」は、越後と越中の国境にあり、その名のとおり越後の第一番の「振りだし」である。 加賀前田候の参勤交代の要路であり、越中から越後親不知の西の入り口の宿駅として大変賑わっていた。 随所に歴史を残す、芭蕉ゆかりの地「市振」を是非歩いてみてください。
県指定文化財
梵鐘(ぼんしょう) 汐路の鐘(室町時代) 昭和51年3月31日指定
高さ1m7cm、横径68.4cm、約2/3高で上下に割れている。鐘の周囲の銘文によると、この鐘は白山権現の別当・能生山大平寺の鐘で、明応8年(1499)能登国仲居浦(現穴水町)で鋳造され、延宝8年(1680)大雪の為に破損するも、元文5年(1740)柏崎で鋳直された事が知れる。
現在の破損状態は明治初年の廃仏毀釈(仏法を廃し、釈尊の教えを棄却)の時になされたと伝えられている。芭蕉が奥の細道行脚の途次能生に宿泊しているが(元禄2年・1689)、この時この鐘の話を聴き、詠んだ句の句碑が能生白山神社境内・社務所の前に建てられている。
「 曙や 霧にうつまく かねの聲 」 芭蕉
平成26年3月、親知不・子知不の一部が国名勝「おくのほそ道の風景地 親しらず」に指定されました。
「芭蕉句碑」
俳人 松尾芭蕉「奥の細道」の中で唯一のロマンチックな句が刻まれている。
「一つ家に 遊女も寝たり 萩と月」
芭蕉句碑は、大正14年4月に糸魚川市出身の文豪相馬御風が市振を訪れた際に建碑計画を聞き、筆をとった。
(詳細・画像は下記のURLからご覧ください。)
ZIPANG TOKIO 2020「越後 能生白山神社に古代奴奈川姫から続く歴史と伝統を観る!更に 奥の細道へ(その弐)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3712791/
~岐阜未来遺産~「NEXT GIFU HERITAGE 」
読めない!書きにくい…日本国民に言われ続けてきた生まれ故郷「岐阜(ぎふ)」
インバウンド!時は今、まさに岐阜が注目されている。その理由とは⁇
御料鵜飼 長良川鵜匠から説明をお聴きになられる皇太子殿下(現:天皇陛下)
岐阜県では、持続可能な観光の先進的取組みであり、かつ将来的に世界に選ばれる旅先となり得る観光プログラムを「NEXT GIFU HERITAGE ~岐阜未来遺産~」として認定する新制度を2022年6月にスタートしました。
制度開始と同時に募集を行い、認定委員会による書類審査と現地調査を経て、2023年6月12日(月)に「飛騨小坂~自然のめぐみを体験、滝めぐり、湯めぐり~」「恵那岩村の山城・城下町と農村景観めぐり」の認定を発表しました。
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